このコロナ禍、革靴業界はかつて経験したことのない岐路に立たされている。正直良い話をほとんど耳にしない。しかし既存のメーカーとは異なる企業姿勢で、着実に実績を積み上げているところもある。その代表が今日ご紹介するSANTARI(サンタリ)の靴を作るTate shoes(タテシューズ)だ。こんなご時世なのに昨年、より広い工房に移転できたのだから好調ぶりはお判りいただけよう。その秘訣はいったい、なに?

自社ブランドとOEM品をバランス良く製造

工房の入り口にはフィッティングスペースが用意され、奥が作業場になっている。

工房2階は縫製用のミシンと、資材置き場になっている。

「いや、別に秘訣なんてありません。昨年工房を移したのは、作業場のスペースも必要になったのですが、むしろ革などの素材や木型、型紙などを充実したことで、保管する場所が足りなくなったからなんです」自社ブランドのサンタリを運営するタテシューズ代表・舘 篤史(たて あつし)氏は、少々恥ずかしそうに答えてくれた。しかし一国の主として独立した2016年以降、舘氏は今回をふくめ工房をすでに2回移転し、少しずつだが生産規模が拡大しているのも事実。要は扱う革や木型、型紙が着実に増えている=経営が順調に成長しているということなのだ。

タテシューズは2018年に自社ブランドとしてスタートさせたサンタリと、他社ブランドのOEM製造による両輪体制をとっている。あえて名前は伏せるが、例えば歪みの全くないスキンステッチが有名な和の魂を伝えるあのブランドのあの靴や、靴好きに「カールエッジ」なる言葉を広めたあのブランドの靴は、いずれも製造元がここ。舘氏によると、目下その生産バランスが非常に上手くとれているのだそう。そして、サンタリの靴が品質の高さと個別対応の細かさに比して価格がリーズナブルな理由も、ここにある。OEM品を製造する隙間の日程にサンタリの靴を作る体制にすることで、納期が多くかかってしまうのをふまえた価格にしている訳で、こんなところからも舘氏の謙虚さが伝わってくる。

サンタリを主宰するタテシューズ代表 舘 篤史氏。

独立するまでは苦難の連続

まさに破竹の勢いの舘氏だが、そこに至るまでは「よくも心が折れなかった…」レベルの超・苦難の道のりだった。音楽への道が捨てきれず福島・郡山から21歳で上京した後、まずは革小物の職人という「仕事」に興味が湧いたのだそう。確かにギターも革小物作りも、手先の器用さが求められる点は共通だから、この意識の推移は理解できる。「いろいろ調べてみると、革小物を作るには革用のミシンが使えないとダメ、と気付いたんです。それを学べる場所を探したら、たまたま台東分校(東京都立城東職業能力開発センター 台東分校)のホームページを発見し、そこから『靴って手で作れるんだ…』と初めて知ったのが、靴というより靴職人への関心のきっかけでした」しかしタイミングを見計らい台東分校を受験するも、結局見事に落とされてしまう。舘氏いわく、量産の既製靴の作り手を養成するのが主目的のこの学校の二次試験の面接で「将来はビスポークの靴を作りたい!」と言ってしまったのが原因だったのかもしれない。

しかし、意気消沈して歩いていた際にふと貰ったチラシが、舘氏の運命を大きく変えることになる。それは都内のいくつもの有名靴学校の講師を長年務め、著名な靴職人数多く育てた巻田庄蔵氏が主宰する工房のもの。私塾的なここに一年半通うのを通じ、舘氏は靴作りのイロハを一気に吸収することになる。

巻田氏の工房を修了した後、羽田にある知る人ぞ知る某靴工房への勤務を経て、知人の紹介で舘氏は「セントラル靴」に移籍。縫いの正確さを買われUチップのスキンステッチを主に担当し、この縁は今日でも続いている。とは言え正社員ではなくあくまで間借りのアウトワーカー。昼間は靴作り、夜は知り合いのラーメン店の手伝い、そして深夜はまた靴作りと、独立前の一年強の生活は熾烈を極めたそう。「でもこの辺りからでしょうか、自分がこの業界で生き残ってゆくための武器として、独立後は自らのブランドを絶対に作らないと、と思い始めたのは」

顧客の想いを、すぐにアップデートに繋げる

サンタリの靴は、舘氏のこのような苦難を経て誕生した。だからだろうか、厳しさを乗り越えたものだけが得られる優しさというのか、同類のパターンメード系の革靴に比べ「許容度が高い」のが大きな特徴だ。単に木型や型紙のような、フィッティング・ディテールなどの微調整に応じてくれるだけではない、インソールとアウトソールの間に入るシャンクの位置を歩き癖に応じて変更できたり、Uチップのモカシン縫いの位置まで浅め・深めを選べてしまうのだから驚きだ。ブランド誕生から3年なのに、後述する木型のリファインのテンポも早いし、靴そのものではないけれど、なんと仮想通貨での支払いにも応じてくれるのだから!

アシスタントに藤山さん。

「何せ自社ブランドですから、お客様が何を求めているのかの情報が目の前で得られます。だったらそれをすぐに具現化したいじゃないですか!」舘氏いわく、新たな仕様やオプションの設定は、スマホのアプリのアップデートと似た感覚で行っているそうな(感心!)。例えると、顧客にとってその時その時の最適を常に目指す一方で、仮に多少のバグが発生しても、なんせ自らが製造しているものなので、パッチも直ちに用意できる… 特にアシスタントに藤山さんが加わってから、その種のアップデートのテンポが一気に上がってきたとのこと。ちなみに藤山さんはオーソペディックシューズの専門学校である三田校(神戸医療福祉専門学校三田校)のご出身。二人の異なるアプローチで、デザインや設計を独りよがりではなく客観的に考えられるようになったのだ。

吸い付くようなフィット感も更に進化

1番最初に開発した3-01 LAST。ドレッシーにもカジュアルにも使える絶妙なトゥのラウンド感と足長が特徴。甲の立ち上がりが高く甲高の方におすすめ。

Uチップ用として作られた3-03 LAST。3-01よりもカカトを小さくし甲が薄い。爪先のラウンドのカーブをきつくしたシャープな印象の木型。

上の3-01や3-03よりもカカトが小さく甲はかなり薄い3-05 LAST。従来より内踏まず上に空間を作ることで扁平足やかかとが内側に倒れている方にも対応しやすい。カカト底面のカーブが他の木型とは違い丸くなっており これによりカカトの納まりが非常によく、既製靴がいまいちフィットしない方は一度足を通していただきたい。

マッケイを採用したローファー。

と言うことで肝心の試着。ベースになる木型は目下3種類で、まずはSANTARIの立ち上げから使われている「3-01」ラストの靴から。若干甲高でゆとりも感じるスタンダードな木型で、足囲(ガース)はC~D相当だ。日本人としてはかなりの甲薄で、足囲がB相当の筆者(飯野)が履いても、これはこれで十分過ぎるほどフィットしていて、全く不満はない。が、次に「3-03」ラストの靴を試すと、靴が「足に明らかに近づいている」のを実感してしまった。「3-01」木型に比べ、甲周りとかかとが更にコンパクトになっているからだ。なお、つま先がそれより若干シャープな造形になっているのは、この「3-03」ラストが主に外羽根式のUチップを想定して開発されたものだからだ。

それでも舘氏は「もっと甲の薄い人に対応せねば…」との思いが強まり、2020年に加えた最新の木型が「3-05」である。甲周りをいっそう低重心にかつ起伏の角度にこだわって設計したこのラストの靴を履いてみると…「3-03」ラストのもの以上に、全体的に押さえが驚くくらいにバシッと利く!!! 文字通りの「ピタッとした感触」、にもかかわらず窮屈さは感じない。なおSANTARIでは木型を、確信犯的に婦人靴のラストメーカーと共同開発しているのも他とは大きく異なる点だ。舘氏によれば、木型に関しては紳士靴より婦人靴の方が、遥かに設計がシビアで、高次元なフィット感を求めるには彼らのノウハウを活用すべきと考えるからだ。

そしてこの「3-05」木型にはローファー用にアレンジしたものも用意されている。脱ぎ履きを考慮し、本来の「3-03」ラストに比べ、あえて甲を3mmだけ高く設定したのが特徴で、足の形状に応じてあと2段階高くすることも可能。ただ、3mm高いと言っても、決してガバガバなフィット感にはなっておらず、密着感はむしろ高まっている感を受けるのが何とも不思議。オーダーの際にはモカシン縫いの蓋の部分の形状や縫い方、それに甲に付くベルトや履き口の仕様まで選べるし、底付けも従来のハンドソーン・ウェルテッド九分仕立ての他にマッケイ製法にも対応できるようになった。「価格の違いからか、マッケイの底付けってウェルテッド系より低く見られがちですが、サンタリの特徴的なマッケイ製法は木型の底面に沿わせて丸みを持たせるためのアウトソールのクセ付けとか、ウェルテッド系とは異なる難作業のオンパレード。その辺りも理解して選んで欲しいですね」

工房には各ラストのフィッティング用の靴が用意されている。

「靴の周り」まで考えたサービスを提供したい!

写真左が「槌目手打ち仕上げ」右が「艶消し」。

錫は手でグニャリと曲がるほど柔らかい。

普遍的な輪郭ながらユーザーニーズに即したアップデートで、ブランド立ち上げ後3年足らずで確実にリピーターを増やしているサンタリの靴。今後はどのような展開を考えているのだろうか? 舘氏によると、まずはジョッパーブーツなどのブーツ系を充実させたいとのこと。「革靴はもう『オンビジネスの靴』とは限らなくなってきています。だからこそ、個々のお客様のライフスタイルに沿ったモデルを揃える必要性を感じています」そして革靴そのものだけでなく、その周辺グッズも企画・販売する体制も整えつつある。先日、そのためのブランドとして「ecou(エコウ)」も立ち上げ、ファーストアイテムとして錫製のシューホーンをまずは売り出し始めた。

「たまみず」と名付けたこれは、堅牢ながら曲げ易い錫の特性を活かして、足のかかとにも靴のかかとにも優しくフィットし、双方にダメージを与えにくい無二の一品に仕上がっている。製造は富山県高岡市にある錫製品製造の名門・能作が行い、仕上げは「艶消し」と「槌目手打ち仕上げ」の2種類。後者の方が僅かに硬めの使用感だ。「試作はウチの工房の中でも行ったんですが、厚みがわずか0.2mm変わるだけで、硬度が大きく変化するんです。この感覚は靴作りにも応用できそうな気がしています」。手始めにクラウドファウンディング形式で販売を始め、早くも好評を博している。

「これからも他とは少しだけ変わった、少しだけユニークな、ありそうでなかった靴やサービスを提供したいです!」舘氏がこう語るサンタリの靴は、その名の通り履く人をますます燦然と輝せること確実。今後どのようなアップデートが行われるのか、楽しみでならない。


ジェンダーレスファッションを意識したホールカット。6アイレットから3アイレットまでご用意し好みで選ぶことが可能。

左と同じホールカットながら、4アイレットになると履き口が広がりフェミニンな印象になる。

サイドシームのライトアングルモカUチップ。つま先とヒールはシームレスになっている。

内側のみにサイドエラスティックを配置している。6アイレットにしたことで履き口周りのホールド感がアップ。

ベルト、モカ、履き口、ベロまで細部まで選べるローファー。3-05LASTの甲の高さを変更しローファーに最適な履きやすさを実現している。

SANTARI

〒111-0023 東京都台東区橋場1-30-1
TEL.080-3259-0786
SANTARI公式サイト:santari.jp ecou公式サイト:ecou.tokyo

価格
マッケイ製法ハンドステッチなしデザイン:93,500円~
ウェルテッドハンドステッチなしデザイン:101,200円~
ウェルテッドハンドステッチありデザイン:122,100円~
納期:受注から約5か月

※この情報は2021年9月のものです。最新の情報についてはお問合せ先にご確認ください。

取材・文:飯野 高広