HAN SHOEMAKER

昨年の秋口だったろうか。暇つぶしにインスタグラムの画像をボーっと眺めていたら、これまで見たことのない端正な佇まいの靴が目に飛び込んできた。「好みのシルエットだなぁ…」「やっぱり底付けをハンドソーン・ウェルテッドにすると、靴のシルエットにいっそう緩急が出る」「ビスポークならではだよなぁ…」が、この取材の冒頭から驚いた。その靴は実はグッドイヤー・ウェルテッドの底付けで作られた、しかもパターンオーダーだったから! と言うことで今回は、通称“奥浅草”にアトリエを構えるHAN SHOEMAKER(ハン シューメーカー)のご紹介です。

HAN SHOEMAKER
工房に並ぶ製作中の靴たち。
パーツだけが目立つことのない、穏やかな凛々しさ

浅草駅から徒歩で北に20分強、お世辞にも交通の便が良いとはいえない、住居と各種の作業所が軒を連ねる典型的な下町エリアにひっそりと、ハン シューメーカーのアトリエはある。「周りには個人単位で運営している紳士靴アトリエ、結構多いですね」HANさんは落ち着いた笑顔で出迎えてくれた。私がインスタの事を話すと「実物、どうですか?写真映えだけでガッカリ、なんて思っていらっしゃらなければ嬉しいのですが(笑)」。

HAN SHOEMAKER

いやいや、全然逆。写真より実物の方が断然、美しさがひたひたと迫ってくる。「基本に忠実、と言うのか、同じオックスフォードの靴でも、私の作だと判る人には判って頂けるような靴作りを心掛けています。目立たないことで目立ちたい、という思いはありますね」確かにトウシェイプやパターンで、特段奇をてらったところはない。正にオーソドックスそのもの。でも靴全体からは「静かに極まって行く清々しさ」を感じずにはいられない。ちょうど美しい青磁・白磁が有する凛々しさのような。

「角を立てない」細やかな造形
ハンシューメーカー
ハンシューメーカーハンシューメーカー工房内にはグッドイヤー製法用の各種機械が並ぶ。
ハンさんは自社ブランドのみならずOEMを請け負っており、ハンドソーン・ウェルテッドでの底付けも抜群の技術の持ち主。なのに、なぜ自らのブランドでは、底付けを敢えてグッドイヤー・ウェルテッドにしたのだろう? それは、ともすれば抱かれがちな日本のグッドイヤーの紳士靴=堅牢だけどちょっと野暮ったい、的なイメージを克服したいからだ。「ジョン ロブやエドワード グリーンのような英国の靴メーカーにできることが、私たちにできない筈ないです」そんなハンさんの思いを具現化しているのが、各ディテールの作り込みだろう。

例えばウェルトに施されるギザギザ模様である「目付」。ハン シューメーカーでは一般の既製品のような予め刻まれたものでも、日本の以前からの誂え靴で見られる手作業で一個々々施された目付でもなく、海外のビスポークと同様にウェルトを据え付け後、手でウィール(目付車)を回す。確かにこれで靴の輪郭が俄然、ひき締まる。

そして靴の造形で最も意識しているのが、各々の線を有機的に繋げること。「そこから実物の造形に『温かみ』が生まれるからです。靴の表情に『断絶』や『角(カド)』があってはいけません」その感覚は、例えば同じサイズの一足であっても、内羽根式と外羽根式とでは内くるぶし側のヒールの線形をわずかに変えるほどの徹底ぶり。「どちらも同じだと、ソールとの繋がりがぎこちなく見えてしまいます」
もっとも単純なデザインと思われがちな外羽根式のプレーントウであっても、ヴァンプとクオーターとを縫い合わせる曲線を決めるのに、試作をなんと6足も作り、「繋げる」を極め抜いた。単純だからこそ妥協できない…… 表には見えない芯材やダブラー(=側面の補強用の部材のこと。ハン シューメーカーではアッパーと同じ革を用いる)の据え方にまで、この「繋げる」意識は徹底されている。

ハンシューメーカー ソール
底面から見ても、一切の断絶を感じさせない線の「繋がり」は見事そのもの!
ハンシューメーカー ソール
プレーントウのヴァンプとクォーターの縫合線をアップで。まるで鳥を横から見たような凛々しさと美しさ。
たゆまぬ努力から生み出された、堂々とした美

穏やかながら徹底した「美」への感覚は、ハンさんのキャリアパスを伺うと納得できた。韓国・済州で生まれたハンさんは、兵役を終えた後に文化服装学院への留学を機に来日。「文化」と言う学校名でご理解いただけるだろうが、最初は靴のデザイナーを目指していたのだ。
しかし、授業でたまたま見たハンドメイドの靴づくりが、彼の運命を変えた。「木型に馴染ませる時のトンカチの音とか、ワニで引っ張るときの感触とかで、気持ちが突然高ぶったのを、今でも鮮明に覚えています。『革が立体になる』魅力にすっかり衝かれました」ほぼ同じタイミングで見た、深谷秀隆さんのil micio(イル・ミーチョ)の靴が有する耽美な佇まいにも、心が強く揺さぶられたそうだ。

ハンシューメーカー ハンさん
写真上がハンさん。温和だからこそ引き締まる、独特な空気がアトリエに流れる。

やがてハンさんは、有名な靴職人だった故・関信義さんの門を叩くことに。一旦は断られたが、実力を付けてから再チャレンジし、無事入門が許された。「外国人でもあるので、人より二倍努力したのは間違いないですね」その後、浅草の靴工場を経て独立。前述したOEMのボトムメイカーとして、靴好き・靴職人の双方の間で次第に名が知れるようになり、昨年、満を持してハン シューメーカーを立ち上げた訳だが、破綻のない美しい造形は、とても生まれたばかりのブランドの作とは思えない。

ハンシューメーカー
写真上が弟子の平野さん。
ちなみにハン シューメーカーは、ハンさんとお弟子さんの平野さん(こちらもハンドメイド系靴職人としては珍しい文化OB)の2人体制。「平野には『常に堂々とモノづくりをしよう』と伝えています。へりくだり過ぎてしまうと、靴から出る線も弱々しくなってしまいますから。そして堂々とするには何より、たゆまぬ努力と研鑽が不可欠ですので。」

普遍的に、有機的に、足と心を包み込む

あれやこれや色々話をしていたらハンさんから「肝心なことを忘れていました(笑)。どうかご遠慮なさらず試着してみて下さい!」早速サンプルシューズに足入れすると、なるほど、ハンさんのお人柄がそのまま投影されたような優しい履き心地。とは言え、決して緩慢ではなく、また、足の一部だけが極端に締め付けられるようなものでもない。履く人の像と心理に寄り添ってくれる、有機性の高いフィットだ。

この1月末には静岡の有名な靴磨き店Y’s Shoeshineでの初のトランクショーも成功裏に終え、今後人気に火が付くことは確実。
ブランド戦略の副作用なのか、10万円以上するインポートの紳士既製靴で普遍性の高いデザインのものを探すのが案外難しくなっている昨今、無理に気張らなくても持ち主に自然に溶け込むHAN SHOEMAKERの靴は、必ずや貴重な救世主になる!

内羽根式のフルブローグ。スッキリとした印象から、線の「連続性」の意味を最も理解しやすいモデルだ。
外羽根式のプレーントウは、シンプルだからこそHANさんの美意識の結晶度が最も高い一作ではないか?
ヴァンプとクォーターとを繋げる縫合線が、デザイン上の自然なアクセントになったサイドエラスティック。
内羽根式のパンチドキャップトウ。MTOでは鳩目横のブローギングをステッチングに変えることも可能だ。
鳩目と履き口との間に設けられたステッチで、軽やかな印象がいっそう際立つ外羽根式のUチップ。
内羽根式のストレートチップは、正にビスポークの作品と間違えてしまいそうな普遍美そのものだ!
DATA
基本モデル:レースアップを中心に11種類。デザインの多少のアレンジは有料にて対応。
サイズ:6~9.5 0.5ピッチ。左右別サイズにも対応。
ソール:原則ドイツ・レンデンバッハ社製のレザーソールのみ。
※ただしハーフラバーソール仕様は可能。
価格:READY MADE…10万5000円~(税別) MADE TO ORDER…12万5000円~(税別)
※いずれもシューツリーは別売り
納期:約4か月※2021年3月時点
お問合せ:HAN SHOEMAKER atelierrikka.shoe@gmail.com
※この情報は2021年3月のものです。最新の情報についてはお問合せ先にご確認ください。

取材・文:飯野 高広