靴磨きだけでなく近年は靴関連、いやファッション全般の物販や受注会でも鋭いセンスが冴える南青山のBrift H。そこで昨年行われたトランクショーでとある一足を見たとき、従来の日本ブランドにはない端麗で澄み切った印象に強烈に驚かされた。その場で製作者を紹介していただいて再度驚愕。想像よりも遥かに、遥かに若い作り手だったからだ。今回は次世代東京ビスポークの一角を担うこと確実な「When(ウェン)」の靴をご紹介。

Whenを主宰する小林晃太氏は2021年10月で27歳。

多くの著名な先輩から影響を受けた学生時代

窓の外には神田川が流れ、少し下ると屋形船が停泊する江戸情緒が感じられるエリアだ。
神田・日本橋・浅草エリアの接点であるとともに、神田川と隅田川との合流点にもほど近い浅草橋駅周辺。靴作り以上に鞄や革小物作りで知られるこの地域の、文字通り神田川に面したビルの一角にWhenのアトリエはある(住所で言えば千代田区東神田)。「川の水面が日光をきれいに反射してくれるので作業がはかどるのは、ここに移ってから気付きました。夜でも案外明るいんですよ」代表の小林晃太氏は、のんびり話し始めてくれた。彼は長野県出身のまだ27歳。「靴への憧れは、高校生の時地元のセレクトショップで見たフォルメの靴からだったんです」
(※)ベルギーの名門アントワープ王立芸術学院卒業後、自身のブランド「YUIMA NAKAZATO」を設立し、2016年からは森英恵氏以来日本人で2人目となるパリ・オートクチュール・コレクションの公式ゲストデザイナーとして活躍中。針や糸を使わずにカスタマイズさせる服や家にあるシャツを一旦預かり新たな服として蘇らせるなど、従来にない発想で世界的な評価を集めている。
ああ、いきなり納得。確かにWhenの靴の透明感それにある種の中性感は、フォルメのそれと相通ずるところがある… そこからは猪突猛進。デザイナーである小島明洋氏に直接会いに行き、靴作りを仕事にすべく、2020年まで浅草にあった靴学校・エスペランサ靴学院(現在は運営母体が変わり大阪に移転の上再開)に彼の紹介で入学した。当時のエスぺランサと言うことは、靴好きに知らぬ者はいないビスポークシューズブランド・MAIN D’OR(マンドール)の村田英治氏や、史上最強のクローザー(製甲職人)と国内外で謳われながらもこの春早逝してしまわれた康製甲所の康澤民さんから直接薫陶を受けた訳だ。中でも中里唯馬氏(※)による「デザイン論」の授業が最も印象に残ったそう。「とにかく、『デザイン』とは果たして何なのかを深く探求する姿勢に圧倒されました」

やむを得ずのいきなりの独立。最初は苦労の連続だった

とは言えエスぺランサでの2年間の学校生活は課題が多くて大変だったらしい。おまけに最後の最後の卒業制作を頑張り過ぎた結果、最終審査を通過できず書類上は「卒業」ではなくなってしまった。クオリティではなく得てして審査側との価値観の相違が理由のためか、通称「卒制落ち」の人のほうが社会に出てから大成するのはデザイン系・クリエイテブ系の学校では実は結構多いのだが、小林氏はこれが一時期コンプレックスになってしまう。「今でこそ全く気にしなくなりましたが、当時は『ああ、これで自分の名前で仕事をするのが難しくなってしまった…』と心が折れそうになりましたね」フォルメの小島氏に再び就職を相談するも、運悪く彼も別の職人を雇ったばかりだったため、その後半年ほどフリーター状態に。

見かねた父親から、経営者である友人を紹介してもらい、その方の靴を作る注文を頂く形で小林氏はなんと20歳で、いきなり靴職人として独立することになる。2015年9月、浅草の自宅兼アトリエでWhenをひっそりと開業した後、しばらくは専ら「お客様からのご紹介」を通じて注文を頂く形で糊口をしのぐ状態だった。他の靴職人と違い、例えば海外への留学経験もないし、誰か有名な人物に弟子入りしていた訳でもない。おまけにエスペランサは「卒業」ではないし… 自らのキャリアパスに引け目を感じていて、営業をする勇気が湧かなかった。「それでも試行錯誤を怠らず、前向きに靴作りに励んでいたことだけは確かで、あの当時の奮闘があったからこそ道が開けたのだと思います」

偶然の出会いが運命を変えた!

いきなり苦労の連続だった小林氏の状況に変化が訪れたのは2017年頃から。金沢の名店・KOKONのオーナーである小紺氏に、浅草の居酒屋で偶然出会ったことで運命の扉が開いた。その場でKOKONのミーティングに誘われ、同店のハンドメイドラインを担当する高野圭太郎氏(クレマチス銀座)と常世田哲氏(◯違鷹羽)らに、自らの靴を見てもらう機会を得たのだ。「一番最初は自分の作品をパッと観てくれただけ。しかも『靴になってないなぁ…』みたいに言われてしまい凹みました。でも一方で、ここは踏ん張りどころでむしろチャンスなのかも? と不思議とポジティブにも感じたんです」

小林氏が手にしているのはKOKONのハンドメイドライン。
それから約1年後、高野氏が同店で新たなチゼルトウ木型のシリーズを展開することになった。彼に代わってそのゲージ靴(サイズチェック用のサンプルシューズ)を作りたいと申し出たところ、小紺氏からは無下に断られてしまう。ところが代わりにこう、依頼されることになる。「そうではなくて、新しくコーちゃんのハンドメイドラインを作ってみよう」意気に感じた小林氏は、サンプルの作製と修正を繰り返し丸1年かけて完成させたのが、今日の同社の新ハンドメイドライン=Kingstonを代表とするKO-K1ラストの作品群である。「ここで職人としてやっと一皮むけたと言うか、覚悟が完全に座ったんです。『自分のコンプレックスに甘えて内に籠っていちゃだめだ!』と」
意を決して扉を一旦開けると、良縁は続いて入ってくるもの。更なるチャンスは2020年の年始に訪れた。シューシャイナーの坂爪亮介氏(南青山の理髪店「Barbering Method」専属靴磨き職人)から、誰に会うかも告げられず「紹介したい人がいるから飲んで待とう」と突如連絡が入ったのだ。「何せ寒いし終電間際だったんで、正直断ろうかなとも思ったんですが、なんか運命を感じて…」 かなり待たされ、深夜1時を回り現れたのがBrift Hの屋台骨・新井田隆氏だった。その「運命」は新井田氏も感じていたようで、トントン拍子に話が進み、その夏には同社でのトランクショーが実現。気付いたら小林氏は活動の基盤に「KOKONのハンドメイドライン」「Brift HとのコラボとしてのWhen」そして「自らのアトリエのオリジナルであるWhen」と柱を3本打ち立てていた。「小紺さんにしても新井田さんにしてもプロデュース力が最強で、自分の気付けていない感覚を引き出して頂けています。このようなクリエイションは自分の踏ん張りだけでは到底叶いませんし、運命にただただ感謝です」

柔軟な視線と自然で伸びやかな造形

だからこそ、履かせ方はKOKON向けとWhenとではあえて微妙に変化させているのも興味深いところ。土踏まずと甲でしっかり押さえて、趾は自在に動かせる感覚を重視している点は共通だが、前者は履き口を高めに設定して足を深く包むのを通じ「背筋がシャンと伸びる履き心地」を重視する一方、後者はヒールを小さく甲も低めに設定することで「肩の力が抜けて落ちつける履き心地」にチューンしている。「どちらも、正解が一つではないというのか、彫刻や絵画や陶芸の創造などと似ていて『作りながら、理想形を見つけ出す発想が大切』と考えています。そんな柔軟な感覚を理解してくれる方に履いていただきたいですね」

製甲を担当する奥様はエスペランサの同級生。
また、特にWhenの靴には最初に記した通り、アッパーのデザインに着飾っていない、端麗で伸びやかな線が前に出ているのも大きな特徴だ。当初は起伏をあまり感じさせない=グラマラスではないパターン造形は評価してくれないのでは? との不安も大きかったようだが、眼に優しいと言うのか、良い意味で靴が目立ち過ぎず、かと言って印象にはしっかり残る長年自然に付き合えそうな表情は、なかなか出したくても出せないもの。これには製甲を担当する奥様の実咲さんのセンスも影響しているだろう。Brift Hの新井田氏が同社でのトランクショーで、「小林氏の完全オリジナルデザインのWhen」の靴と「Brift Hの各シューシャイナーのアイデアを、小林氏と新井田氏とで共同編集したWhen」の靴とを並列に展開するのもうなずける。どっちがどっちなんて全く気にならないし、同店のトランクショーでは男性のみならず女性からの反応が良いのも当然だ。
木型が並ぶアトリエの一角。
MTOでは従来からのアーモンドトウに加え、今年からややラウンドトウに振ったカジュアルな木型も登場し、併せてデザインもローファーなど5種類増やしたWhen。その将来を小林氏はこう語ってくれた。「今まで直感的に生きてきた上で靴作りに到達したこともあって、靴はもちろん大好きなんですが、その一方で靴『だけではない人・存在』になりたい願望もあるんです。世の中全体を見渡した上で、一つの指標・指針となるような靴、流行ではなくて現象というのか、一種の『うねり』になるような靴を作ってゆきたいですね」これは単に色々作りたい的なニュアンスではなく、特段靴が好きでない方にもインパクトを与えられ続けるような存在になりたいという思いなのだろう。とにかくまだ20代後半、様々な角度から刺激を受けながら、靴作りを更に探求して行けること確実だ!
Calon
靴下の様な靴を目指して革選びや底付けをしている。
Wavy
ブリフトアッシュのスタッフのアイデアが元になったモデル。
Ray
新井田氏のアイデアを小林氏のフィルターを通した新作Uチップ。
Calm
新井田氏のアイデアをベースにした新作ローファー。
Cos
アウトドア仕様を都会で身につける感覚で履いてもらいたい靴。
dʼYquem
スーツにもモードにも取り入れてもらいたい一足。When特有の曲線がよく出ている。
Flyer
女性的なデザインだが、底付けや仕様は男性的な一足。
Jayer
小林氏が美しいと思う感覚を形にした新作ブーツ。
DATA

When

住所:東京都千代田区東神田2-8-7 エスポワール東神田 4F
HP:www.s-when.com
メール:when@s-when.com

◎メニュー…現在WhenのアトリエとBrift Hでのトランクショーで対応。後者は同店オリジナルモデルもあり。なお、下記価格はいずれもシューツリー付。木型修正代は基本込。パーフォレーション追加・エキゾチックレザー・コードバン等は別途アップチャージが必要です。
・MTO
底付け:ハンドソーン・ウェルテッド九分仕立て(出し抜いはマシン)
価格:税込み17万6000円~
納期:約4か月強

・ビスポーク
底付け:フルハンドソーン・ウェルテッド(出し抜いも手縫い)
価格:税込み27万5000円~
納期:9か月程度

※この情報は2021年7月のものです。最新の情報についてはお問合せ先にご確認ください。

取材・文:飯野 高広