HIRO YANAGIMACHI 「LS1 Sneakers」
MTOオーダー(パターンオーダー)にて製作。アッパーは全6色で、それぞれにソール2色が揃えられており、都合12のバリエーションから、季節やコーディネートに合わせた好みの色が選べる。試着サンプルは22.0~27.5cmが用意され(2022年1月現在)、また、28.0~30.5cmの製作も可能。木型は1タイプで、ウィズもEのみだが、3タイプの中敷きを用いてフィッティング調整に対応する。製作期間は約3ヵ月(延長の場合あり)で、仮縫いなし。価格は各13万2000円(税込み)。注文受付けは来店(東京都渋谷区千駄ケ谷2-6-1「エストリル93」2階/事前に要予約)、またはヒロヤナギマチ公式サイトにて。

キャリア22年の熟練ビスポーク職人にして、日本におけるシューズクリエイターの先達のひとり、柳町弘之さんが率いるヒロヤナギマチ(HIRO YANAGIMACHI)が去る2021年11月18日、ブランド初の定番スニーカー「LS1 Sneakers」を発表し、受注を開始しました。
「大人のためのラグジュアリーなスニーカー」なるコンセプトのもと、これまでドレスシューズに親しんできた紳士・淑女らが満足できる、そんなスタイルと履き心地を兼ね備えたレザースニーカーとして開発された、この「LS1」には、いたるところにビスポークで培った高い技術力とコダワリが見てとれます。なかでも注目すべきはビスポークよろしく、スニーカーでありながら、なんとハンドソーンウェルテッド製法が採用されている点でしょう。
開発者の柳町さんが「ウェルテッドシューズならぬウェルテッドスニーカー」と称するとおり、これは既存にない全く新しいカテゴリーのフットウェア。と聞いて「LS1」についてもっと知りたくなって、東京・千駄ヶ谷にある「ヒロヤナギマチ ワークショップ」を訪ね、柳町さんにお話をうかがいました。

ヒロヤナギマチ ワークショップ 代表 柳町弘之さん
国立千葉大学大学院出身の工学修士ながら、靴の魅力にとりつかれて英・コードウェイナーズ・カレッジ(現ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション)で靴作りを学び、主席で卒業。ジョン・ロブ・ロンドンなどで経験を積み、帰国後の1997年にシューデザイナーとして活動を開始する。1999年10月に「ワードル フットウェア ギャラリー 神宮前本店」内にてシューズ工房「ワークス・オン・ザ・ニー」を開設。2008年、現在地(東京・渋谷区立千駄ケ谷小学校近く)に移転し、「ヒロヤナギマチ ワークショップ」をオープンし、現在に至る。

革靴のオーソリティが高級スニーカーにチャレンジ!

――ヒロヤナギマチというと、ビスポークやパターンオーダーなどのレザーシューズ・ブランドというイメージですが、それがなぜレザースニーカーを展開することになったのですか?
柳町 以前から「レザースニーカーも作って欲しい」というお客様のご要望がありました。また、私自身もチャレンジしてみたいという気持ちをもっていました。実をいうと、お客様のご注文で数回、裏メニュー的にスニーカーを作ったことがありました。レザーシューズ用の木型を使って、外羽根のデザインで……。それで今回の製品化にあたり、あのときのものをベースにしつつ、よりスニーカーらしいシェイプにするなどし、全体的に調和のとれたものを目指しました。開発中は、工房にいらっしゃったお客様方にも試着していただいて、ご意見をうかがいながら、このフォルムにたどり着いたという感じです。ニューヨークでヒロヤナギマチの靴を取り扱っていただいているシューズショップ「レフォット(LAFFOT)」のオーナーにも試着してもらって、高く評価していただけたのも嬉しいことでした。

木型はビスポークの経験をもとに、新たに開発されたもの。スニーカーに求められるリラックス感と確かなフィット感を両立させたもので、ヒロヤナギマチのレザーシューズに比してトウシェイプがより緩やかであるなど、スニーカーとしての正統フォルムも同時に追求している。写真上は柳町さんみずからが削り出した元型をベースに、樹脂にて作られた汎用性木型(サイズ28.5cm)と、そこに張られたインソール。

ラバーソールだがゴツさは全くなく、一見するとレザーソールのような印象。

写真左/スニーカーらしいシルエットながら、たたずまいはビスポークのドレスシューズに通じるスマートでエレガントなもの。ちなみにクッションが仕込まれたトップホールのインサイドには、アッパーに採用している銀付きスエードがそのままリバースされ使われている。上/アッパーやヒールカップがインサイドに傾斜しているのはドレスシューズ由来。これにより歩行時の安定感を生み、歩きやすく疲れにくい靴になるのだ。

ウェルテッドなのにウェルトの張り出しがない理由とは?

――「LS1」で一番の特長は、やはりハンドソーンウェルテッドで作られている点だと思うのですが、なぜスニーカーにまで、この製法を用いるのでしょうか?
柳町 ハンドソーンウェルテッド製法が私たちの強みですから、その技術を活かそうというのはありました。また、このスニーカーの出発点が「ビスポークシューメーカーから見て、しっかりとした靴としての基本を踏まえた質の高いスニーカーは作れないか?もちろんヒロヤナギマチらしく」というものでしたので、「それならハンドソーンだろう」と…。というのも、この製法ならインソールが足をきちんと受け止めてくれますし、シャンクが仕込まれているので安定感があり、返りもよく、ほどよく軽いうえ、歩行のサポートもしてくれるからです。あと、リペアラブルですし。
――リペアラブルということは、オールソール(本底全交換のこと)ができるのですか? スニーカーだけど履き捨てじゃない……と。
柳町 ええ。ただ、ここで一番強調したいことは、オールソールができるということ以上に「オールソールができるくらい、しっかりとしたクォリティで作っています」という点です。それは靴に使われる材料や製法であったり、長く使い続けたいと思えるフィッティングであったり、靴の本質的な部分です。
――なるほど。ところで、そもそも他社製に、この製法のスニーカーってあるのでしょうか?
柳町 たぶん、ないかと思います。ラグジュアリーブランドなどの高級レザースニーカーはセメンテッド製法、ないしマッケイ×セメンテッドの混合がほとんどで、最近のものではモールド底のセメンテッド製法で、よりスポーツシューズに迫った作りになっている製品も少なくないみたいです。まぁ、そうしたスニーカーは足が包まれる感じがあって、クッション性も良かったりするわけですけど、レザーシューズを履き慣れた人にとっては安定感がともなっていないように思えて、違和感があるみたいです。
――「LS1」は、そんな既存のレザースニーカーに満足できない人たちにオススメのモデルというわけですね? あと、こうしてサンプルを拝見して「あれ?」と思ったのは、ウェルテッドシューズなのに、ほとんどウェルトの張り出しがないという点です。これはどういうことでしょうか?
柳町 ハンドソーンウェルテッド製法ではアッパー、インソール、ウェルトを縫合する、いわゆるすくい縫いを手縫いで行なうのですが、「LS1」のすくい縫いでは、できるだけウェルトが張り出さないよう通常よりインソールの内側に針を入れて縫っていて、その結果、ウェルトのトリミングでも可能な限り張り出し部分を少なくすることができるのです。
――トリミングをそんなに攻め込むと、アウトソールを取り付ける際に出し縫いが難しくなるのでは?
柳町 実は「LS1」ではソールとの関係で出し縫いは施さずとも問題ないと判断し、ウェルトとアウトソールを接着のみで接合させています。ですので、正確にいえばハンドソーンウェルテッドとセメンテッドの混合製法ということになりますね。とはいえ、コルクもシャンクも仕込んでいますし、基本的に普通のハンドソーンウェルテッドのレザーシューズと変わりはありません。
――ああ、そうやってウェルトの張り出しを押さえ込んでいるわけですね? でも、それですと、オールソールでアウトソールを剥がし取るたびにウェルトを傷めませんか?
柳町 いえ、そのことと見た目のウェルトの張り出し幅とは何ら関係はありません。オールソールでアウトソールを剥がし取る際に、ウェルトはもちろんアッパーを傷めることがないという点はウエルテッド製法に共通する利点です。ウェルトにも丈夫で良質な革を使っていますしね。ですから繰り返しリペアしながら、末永く履くことがでます。
――安心しました(笑)。ハンドソーンウエルテッド製法のため返りもいいでしょうし……。
柳町 そうなんですよ。ハンドソーンウェルテッドシューズとしての利点はちゃんと備えていますからね。ですので、私はこれを「ウェルテッドシューズならぬウェルテッドスニーカー」と呼んでいて、全く新しいカテゴリーのフットウェアだと考えているわけです。

ビスポークにも使用しているトップグレードのスエードを採用

――アッパーは起毛が繊細な、とても上質なスエードですね。イギリスのスエードですか?
柳町 色によってイギリス製とイタリア製を使い分けしているのですが、どちらも、これまでにもビスポークシューズで使ってきた素材で、銀付きのスエードとなります。銀付きはスエードの中で最上級に分類され一般的にはあまり使われていない革ですけど、銀面が付いている分、とても丈夫ですよ。それと染料が芯通しされているので、スエード面のみならず銀面もしっかり染まっています。「LS1」では履き口の内側にその銀付きスエードを、銀面を表にして使用しているのですが、革の両面が同色なのでアッパーとの色合わせができるというメリットもあります。
――現状、スエードのみの展開ですが、スムースカーフなどの使用は検討されていますか?
柳町 はい。ひとまずスエードでやっていますが、今後は他の革も加えたいと思っています。

アッパーのカーフスエードは、起毛のなす美しく繊細な表情がヴェルヴェットのごとくエレガントで、手に触れれば誠に心地よい上質なものだ。ちなみに銀(吟とも書く)とは毛や表皮を除去した真皮の表面、すなわち銀面(スムース面)のこと。スエードは革の裏面(床面)を起毛加工したもので、一般的には銀を剥がしたうえで利用されるが、この「LS1」では銀を残した状態のスエードが使用されている。

製甲が終わり、吊り込みを待つアッパー。シワなどが出来ぬよう、吊り下げ状態で保管されている。

ビスポークのドレスシューズと同様、吊り込みは手作業で行われる。このハンドラスティングにより、革は木型の複雑で微妙な形状にも順応でき、かつしっかりと成型されるのだ。

――アウトソールはビブラム社のものですね? 
柳町 ええ。ビブラムシートの「1924」です。開発段階で、アウトソールについてはいろいろと検討しました。幅広いサイズで展開したかったので、大きな面が取れるシート・タイプでなければとか、厚さは4mmにしようとか、色とかパターンとか、あれこれ考えました。あと見た目に品が良く、モダンな雰囲気も欲しいということでたどり着いたのが、この「1924」でした。スポンジ素材のミッドソールと組み合わさって履き心地はソフトですし、そこにハンドソーンウェルテッドも相まって返りも良く、グリップ性や耐久性にも優れた底材ですよ。

ミッドソールに軽量でクッション性に富むEVAスポンジを、アウトソールに軽く、滑りにくく、摩耗に強いなどの特長をもつ伊・ビブラム社のシート「1924」番を採用。この組み合わせがスエードの上質な風合いと相まって、このスニーカーを品ある姿に見せている。

幅広いサイズ展開で女性用にも対応

――「LS1」はレディメイドではなく、注文を受けてから製作されるモデルなんですね?
柳町 はい。MTO、すなわちパターンオーダーということになります。ですので、私どもの店でサンプルシューズを履いてサイズを確認し、アッパーとソールの色などを決めていただきます。また、ご来店が難しいとの場合はオンラインでのご注文も可能です。
――先ほどもおっしゃっていましたが、対応サイズが幅広いのも特徴ですね?
柳町 27.5cmまではサンプルシューズを用意していますし、28.0~30.5cmをご希望の場合はサンプルはないのですが、製作は可能ですのでご相談ください。あと、22.0cmまでの小さいサイズもご用意しているので、男性のみならず、女性の方々にもぜひ履いていただきたいと思っています。

底付けが終了し、納品間近の2足の「LS1」。カラーは、左がゴールデンブラウン×ブリック、右がゴールデンブラウン×ベージュだ。

ヒロヤナギマチ初の定番レザースニーカー「LS1」は、MTO(Made To Order/パターンオーダー)での展開。吊り込みはハンドラスティングで、ミッドソールとインソールの間にはコルクやシャンクも仕込まれ、製法はなんとハンドソーンウェルテッドだ。アッパーに銀付きカーフスエードを、アウトソールにビブラム「1924」シートを使い、アッパーとソールの組み合わせによるカラーバリエーションは全12色。このうち、写真上のサンプルはカーキスエード×ブリックカラーソールとなる。

お問合せ:ヒロヤナギマチ ワークショップ TEL.03-6383-1992 hiroyanagimachi.com
※この情報は2022年2月現在のものです。最新の情報についてはお問合せ先にご確認ください。

取材・文:山田 純貴